HOME > インタビュー > 『仮面ライダー555』半田健人、熱く語る。AVIOTの“ファイズイヤホン”はコラボモデルの「上の上」

「TE-D01v-555」発売記念特別インタビュー

『仮面ライダー555』半田健人、熱く語る。AVIOTの“ファイズイヤホン”はコラボモデルの「上の上」

公開日 2024/02/26 06:30 編集部:松永達矢
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE

■野口五郎通の半田健人がリファレンスに「私鉄沿線」を選ぶ理由


───半田さんが手掛けたチューニングが「歌謡曲を聴くにはすごくよいチューニングができた」とインタビュー動画内でも仰っていました。そこでコラボモデルを手に取って頂いた方に聴いていただきたい歌謡曲の楽曲、その聴きどころについて教えていただけますか?

半田 店頭でイヤホンを試聴する時にリファレンス楽曲があったりして、まず自分の曲ってのは大事。何度も言ってますけど、スタジオで作っているから自分の曲がどう聴こえるかっていうのはひとつの目安です。自分以外の曲、特に歌謡曲でいうとリファレンスに当たるのが野口五郎さんの「私鉄沿線」ですね。


───野口五郎さんの「私鉄沿線」。

半田 野口五郎さんについては、もうご本人から気持ち悪がられるくらい知っているんですけれども(笑)。野口五郎通の僕があえて何故「私鉄沿線」なのかというとね、あの曲は音が良すぎず悪すぎずの普通なんですよ。

五郎さんって音楽マニアで、キャリアが進むに従って海外レコーディングしたりと、音楽への追求がすごい人です。ある意味では歌謡曲離れしたような音楽をやり始めるんですね。

でもね、1975年ぐらいの五郎さんっていちアイドル、歌謡歌手って位置付けの時です。「私鉄沿線」は洋楽のテイストはほとんどなくて、本当に歌謡曲のど真ん中。歌が中心にある。筒美京平先生が編曲をされているんですけど、録音やミキシングの精度とかも、言い方が難しいですけど、取り立てて良いものではない。もちろん悪いところは別に無いけれども。僕は小学校6年生の頃からずっと聴いているので、そんな「私鉄沿線」の聴こえ方を知り尽くしているわけです。

だから新しい機材で聴いた時にね、著しくイメージから逸脱したものであれば、僕は選択肢から外すんですよ。「『私鉄沿線』をこんな鳴らし方するのはけしからん」と。飽きるほど聴いてきたものを改めて聴いて、そこに感動があれば、それは良いものなんです。

何百回何千回と聴いてるもんだから新鮮さはないはずなんだけど、聴いた時に「あっ」と思う、思わせられる物ってのは、やっぱりいい機材ですね。

───ということは、今回のコラボモデルのチューニングに際しても「私鉄沿線」をリファレンスに使用したのでしょうか?

半田 実は聴けなかったんです、「私鉄沿線」。チューニングするサウンドメイク現場で曲が指定されていて、僕の作ったアルバム『HOMEMADE』の「東京タワー〜親父たちの挽歌〜」という曲を使い「流行りの音と逆行する音」を目指して調整を掛けていきました。


チューニングについては、全部のメーカーがとは言わないですけど、全体的に低音が誇張された、派手な音を鳴らすようなワイヤレスイヤホンが多いように感じます。

最近の流行りなのか解らないですけど、真ん中(中音域)が削がれているチューニングが多いように個人的に感じていて、「無いなら作ってしまえ」と。このように自分の音へのこだわりを反映しているので、半田のチューニングが「モニターに忠実か」と言われたらそうではない。もしかすると、一聴すると平たいというか、もさっとした音に聴こえるかもしれないですけど、20〜30分聴いてもらうと、ボーカルや音楽の主役になるパートが聴きやすいとわかってもらえると思います。

■なぜ、歌謡曲は「ボーカル主役」なのか。半田健人の語る当時の逸話


───ありがとうございます。これが「歌謡曲を聴くにはすごくよいチューニング」ということですね。 

半田 そうですね。歌謡曲ってね、やっぱりボーカルが主役の音楽なんですよね。当時のディレクターは楽器の音をあまり優先させなかったそうです。流行歌は歌ありきだから「この曲、後ろのベースがかっこいい」みたいな場合でも、ベースやドラムの音を下げろ、歌を出せっていう時代です。

和田アキ子さんの「どしゃぶりの雨の中で」という和製R&Bの曲がありますが、最初ミキサーが当時の標準的なミックスをしてたんですよ。そうすると、歌謡曲のバランスに仕上がる。ところが、ディレクターであった方は「これはR&Bなんだからもっとリズムを出したい」と意見したそうです。歌謡曲のバランスでドラムとベース引っ込んだら、R&Bっぽさが無いわけです。

そこでミキサーに「ドラムとベース上げてもらえますか」っていうとね、ミキサーエンジニアが嫌な顔したって。当時はエンジニアが凄く偉くてディレクターであってもスタジオの長にしたら「お前何様だ」って不穏な空気になってしまう。でもものは試しでやってみたらエンジニアの方も「そういうことか!」って納得したという逸話があるんです。

あと、チャンネルが少なかったんで、今みたいにスネアだけを上げるとか、キックだけを上げるみたいなことが出来なかった。全部のチャンネルが上がってしまう。だったらもうボーカルをメインに考えるかっていう方法論なんですよね、あの時代は。


当時は家にステレオ環境を備えていた人も少ないそうですし、ヘッドホンで聴く人はもっと少ない。そこで自分が愛用しているSTAXの何が凄いか、という話になるんですけれども、「SR-1」は1960年の発売で、その時代にヘッドホンで音楽を聞く文化を提唱したところなんですよ。当時はイヤースピーカーという名前で売り出していましたけどね。

無線を聴くとかチェッカーという意味では耳に当てて音を聴く機械はありましたけど、音楽を楽しむ時に、耳にスピーカーを当ててっていう文化がないんです。レコーディングの時も昭和47年(1972年)ぐらいまで、ヘッドホンでモニターしながらではなく、小さいスピーカーからレコーディング用のマイクが拾わないような小音でオケを流していた。

そのぐらい日本ってヘッドホン文化がなかった。 歌謡曲は卓上ラジオとかで楽しむ音楽で、そうした時に、ベースとかドラムとか、楽器にこだわっても所詮再生されない。だったらもうボーカルを前にドーンと出すみたいな方法論が制作現場では優先だったんでしょうね。

───自称されるだけあって本当に昭和40年に生きていますね。(半田さんは1984年、昭和59年産まれ)。当時の楽曲制作や音楽についての造詣が凄まじいです。


半田 でもちゃんとですね、証言として逸話を聴いてきていますから。この時代の話をして下さる語り部の方々がどんどん鬼籍に入られているので、僕の知っている知識はこうやって発信していきたいです。

───録音や歌謡曲も広くオーディオとするのであれば、その語り部として半田さんはお若いです。

半田 若いでしょ? でも、オーディオというと僕も偉そうなこと言えなくて。家に高級なシステムがあるわけじゃないし、世代的にオーディオといえばチェンジャー付きのコンポぐらいで「ピュアオーディオ」には行かない。もっと下の世代になるともう家にコンポすら無くなっちゃいますよね?

ただ、自分の父くらいになると、初任給でダイヤトーンのスピーカーを買うとか、「初任給でステレオを月賦で!」という世代。その世代の方々が文化を支えてくださるからこそ、秋葉原のダイナミックオーディオみたいな専門店があるわけですよね。

ハイエンドな機材っていうのにももちろん憧れますけど、立派なスピーカーやアンプを導入するには、まず家からです! そういった意味でイヤホンって面白いのが自分の耳だけで、ある程度のハイファイ環境を完結できる。夢が叶えられるツールですよね。

次ページとにかく555ファンにコラボモデルを買ってほしい。その理由とは!

前へ 1 2 3 4 5 次へ

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE